『走ることについて語るときに僕の語ること 』を読んでみた

ランナーの間では良く知られた村上春樹氏の『走ることについて語るときに僕の語ること』を読みました。私はランナーとも言えない「ちょこっと走っている人」にすぎないのですが、気になって読んでみました。


本書を読むまで、村上春樹さんは「ほぼ毎日10キロを走り、トライアスロンに出場するため水泳やバイクの練習までもこなす人」とは知りませんでした。

作家という職業は、ある程度自分で時間をコントロールできる職種だと推察しますが、それは自由であると同時に、見方を変えれば厳しいものでもあるはず。

朝、決められた時間に会社に行かなくて良いということは、何時に起きても良いということで。それは何時に寝ても良く、雨が降っている日に家から出るも出ないも自由。(経験上)人間は楽な方に流れていくものだということを考えれば、不健康な生活を送るのは簡単そう。それを自分の意志でコントロールしていくのですから、厳しい状況とも言えます。

村上春樹氏のレベルにたどり着くには相当な精神と肉体の鍛錬が必要と思われますが、この本を読み終わった後には「怠けてないで、私も頑張らないとなぁ」と思わずにいられませんでした。ランナーだけでなく「自分に喝を入れたい人にオススメの1冊」です。

さて、読書感想文は昔から苦手なので、いつも通り、読んでいてわたしの心に引っかかった箇所をご紹介します。



「『みんなにいい顔はできない』、平ったく言えばそういうことになる。」


(村上春樹さんは作家としてデビューする前、千駄ヶ谷でジャズバーを経営されていたそうです。)

店を経営しているときも、だいたい同じような方針でやっていた。店にはたくさんの客がやってくる。その十人に一人が「なかなか良い店だな。気に入った。また来よう」と思ってくれればそれでいい。十人のうちの一人がリピーターになってくれれば、経営は成り立っていく。逆に言えば、十人のうちの九人に気に入ってもらえなくても、べつにかまわないわけだ。そう考えると気が楽になる。しかしその「一人」には確実に、とことん気に入ってもらう必要がある。(引用元

「十人のうちの九人に気に入ってもらえなくても、べつにかまわない(中略)しかしその「一人」には確実に、とことん気に入ってもらう必要がある。」これは、お店の経営だけでなく人生のいろんな場面で当てはまりますよね。

10代20代の頃、「自分が思いを寄せる1人が、自分を気に入ってくれれば良い」と頭では理解していても、実際には「たくさんの男性に気に入ってほしい」と思っている時期がありました。そのために女性誌に書かれている「男はこんな女性が好き!」みたいな記事を熱心に読んでみたり 笑。正直、彼がいる時でも「(別の男性に)モテたい」願望はありました。

いつからでしょうか、そういう思いが消えていったのは。今のパートナーと出会ってからかもしれません。確実に自分を信頼し、愛してくれて、大切にしてくれる人がいるというのは、自分の大きな自信になります。だから例え人間関係で悩むことがあったとしても「彼がいるから大丈夫」と思えます。



「欠点や欠陥は数え上げればキリがない。でも良いところも少しくらいはある」

年を取るにつれて、様々な試行錯誤を経て、拾うべきものは拾い、捨てるべきものは捨て、「欠点や欠陥は数え上げればキリがない。でも良いところも少しくらいはあるはずだし、手持ちのものだけでなんとかしのいでいくしかあるまい」という認識(諦観)にいたることになる。(引用元

これって、人生を楽しいものにするためにとっても大切な考え方だと思います。自分の良いところや、自分が本当に好きなことに気がつくには、時間や試行錯誤が必要だったりしますが、気がつくことができれば、そこを伸ばしていく(強化していく)のは楽しい作業。「好きこそものの上手なれ」です。

筆者は「諦観(ていかん)」という言葉を使っていますが、そう、諦めてもいいんですよね。自分の苦手なことは無理してやらなくても(やらずに済むのなら)。自分の苦手なことは、逆にそれを得意だったり好きだったりする人がいて、その人に任せればいい。

「手持ちのものだけでなんとかしのいでいく」、まだ持っていないものに思いを馳せる前に、今自分が持っているものを見直すことも大事ですよね。





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