昨日は、3月11日でしたね。
去年の3月11日は東京にいて、夫と一緒に日比谷公園で行われていた追悼イベントを訪れました。
今年は、一度良くなった風邪がぶり返した私と、私の風邪をもらってしまった夫。
家で身体を休めながら、NHK ワールド ジャパン(NHKの国際放送番組)で数時間にわたって放送された「311の特集番組」を観ていました。

12年前のあの日、私は台湾留学中でした。
中国語の授業が終わり、携帯電話でメッセージをチェックした日本人クラスメイトが「日本で地震があったみたいだよ」と教えてくれました。
「日本で地震」は珍しくないこと。
私は「また地震あったんだ。」というような反応をし、友人も私もそのニュースを特別なこととはとらえずに「また来週ね!」と言って別れました。

その日は、19時頃からアルゼンチンタンゴのレッスンに参加する予定でした。
そのため、まっすぐ家には帰らず、サイゼリアに行ってまずはコーヒーを飲みながら宿題をし、レッスン前にそのまま軽い夕食をとりました。
ところが夕食を終えてレッスンに行こうとする頃、全身がかったるくなんだか体調が悪い。
タンゴはあきらめて、帰宅しました。
家に着いてテレビをつけると、朝学校に行く前に観ていたNHKが映り、そこで初めて日本で起こっていることを知りました。
(この日、たまたま携帯の充電が切れてしまい、お昼からずっと携帯が使えない状況でした)

それからしばらく、テレビやインターネットでニュースを見続ける日が続きました。
被災された方々はもちろんのこと、日本にいる人たちの辛さや大変さは、想像もできないほどのものだったと思います。
一方で「『遠くにいるからこそ感じる辛さ』というものがあるのだ」ということを、この時に体験し学びました。

台湾の人たちは、とっても親切でした。
地震の前から私を知っている人たちだけでなく、初対面の人も、私が日本人と知ると「日本大変だったね。がんばってね、応援してるよ」と優しく声をかけてくれました。寄付を募るチャリティー番組なども放送されていて、日本人として、感動しながら観ていたのを覚えています。
確かあの頃からですよね?もともと「親日」として知られていた台湾が、もっと「親日」として日本人に知られるように知られるようになったのは。

今日、NHKの特集番組を観ていて涙を流したのは、半年前に母を亡くし、今まで以上に大切な人を失う悲しみや苦しみを、強く感じたからかもしれません。
亡くなられた方のご冥福を祈り、今日も当たり前のように、いつも通りの日を過ごせることに、改めて感謝をしながら過ごします。
3.11の津波の映像はいまだに観られません。
当時私はまだ東京でお勤めをしていて、お客さんにお茶を出したところでした。ものすごい揺れて、お茶もこぼれて、結局は会社に一泊しました。
そしてあの頃は台湾に留学しようか、どうしようかと迷っている時で、こうまさんの台湾留学日記を穴が開くほど読み込んでいて、写真も限界まで拡大して見ていました笑
こうして今、台湾に住んでいるのも、こうまさんのblogのおかげです。
台湾人には知らない人にも、あの時の事を言われます。
で、寄付したよ!と。
私も日本代表の気分で、「謝謝!非常感謝你們!」と伝えています。台湾人は温かいというか、熱い心の人が多いですね!こうまさんが留学してた頃と、街は少し変わったかもですが、お節介な感じとか、台湾人の人柄は全然変わってないので、また遊びに来てね!
ともこさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
あの日、会社に泊まったのですね。ともこさんにとっても大変な日でしたね。
台湾人、確かに熱い人多いかも 笑
台湾へはしばらく行っていないから、本当に遊びに行きたいな。当時住んでいた辺りとか、通学路とか、久しぶりに歩いてみたい。台湾スイーツも食べたいですね~。
台湾留学時のブログ、そう言ってもらえてすごく嬉しいです。
あの頃「ブログを更新しながらも、台湾にまで来て何をやっているんだろう」と思い、悩みながらブログを書いているときもありました。(中国語を学びに台湾へ来たのに、ブログ作業は日本語を使っていましたから)。今でもそう言ってもらえて、本当に嬉しい、ありがとうごさいます。